警察庁の漆間巌長官は4日、全国警察本部長会議で治安回復に向けた取り組みの重点項目に、暴力団に対する戦略的な組織犯罪対策や緻密で適正な捜査の推進を挙げ、「犯罪の予防と検挙の両面で目に見える成果を国民に示してほしい」と訓示した。
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暴力団組員らによる相次ぐ発砲事件が市民生活を脅かしていることや、鹿児島県議選の選挙違反事件での無罪判決、強姦(ごうかん)罪で服役した富山県の男性の冤罪発覚など捜査ミスが相次いだことを踏まえた。
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全国警察本部長会議での警察庁長官訓示の要旨は次のとおり。 現下の治安情勢は、「治安と信頼の回復」の基本方針の下、全国警察が関係機関や地域住民と共に一丸となって犯罪の抑止に取り組むことにより、刑法犯認知件数が4年連続で減少し、本年も4月末現在で前年同期に比べて7.0パーセント減少するなど、治安再生の曙光が見え始めている情勢にある。
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しかしながら、侵入強盗や性犯罪の認知件数は依然として高い水準にあるほか、子どもが被害者となる事件や少年による社会を震撼させる事件、暴力団によるけん銃を使用した対立抗争事件、長崎市長が暴力団員に銃撃され殺害された事件、愛知県長久手町における銃器を使用した人質立てこもり事件等、市民生活に大きな不安と脅威を与える事件が相次いで発生するなど犯罪情勢は依然として厳しい。
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各位には、治安再生への道筋をより確実なものとするため、昨年策定した「治安再生に向けた7つの重点」に盛り込まれた諸施策を着実に推進し、犯罪の予防と検挙の両面で目に見える成果を国民に示されたい。
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このような観点から、当面の重点課題について、5点述べる。 第1は、「安全」と「安心」の両面からの治安回復に向けた取組みである。 その1は、戦略的な組織犯罪対策の推進についてである。 本年に入り、けん銃を使用した犯罪や暴力団員による犯罪等が相次いで発生しており、また、犯罪組織は従来にも増して多様かつ巧妙な手段による資金獲得活動を行っているなど組織犯罪対策は喫緊の課題となっている。
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各位には、引き続き組織犯罪情報の集約と共有を図りつつ犯罪組織の実態解明を進め、コントロールド・デリバリー、譲受け捜査、通信傍受等の捜査手法につき事案に応じた活用を的確に行うなどして犯罪組織の弱体化・壊滅に向けた取組みを更に進められたい。特に、現下の情勢を踏まえ、政府においても銃器対策の更なる強化を検討しているところであり、関係機関と連携した水際対策を進めるほか、関連情報を収集して国内に隠匿された銃器の摘発を徹底されたい。
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また、本年3月に成立した犯罪による収益の移転防止に関する法律の一部が4月から施行され、金融庁から国家公安委員会に移管された資金情報機関(FIU)の業務の的確な実施に向けた体制強化等が行われたところである。今後、資金洗浄・テロ資金関連行為の防止及び摘発において、国内外から我が国警察に寄せられる期待はこれまで以上に高まると考えられる。
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各位には、疑わしい取引に関する情報が組織犯罪対策を推進する上での重要な情報源であることを再確認し、事件の検挙及び組織の実態解明において積極的な活用を図るとともに、その適切な管理を徹底されたい。
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さらに、暴力団を始めとする反社会的勢力の資金源対策については、反社会的勢力を公共事業や証券金融等の企業活動から排除する仕組み作りを進めるなど政府を挙げて強力に推進しているところである。各位には、こうした反社会的勢力排除の仕組みを活用し、各都道府県警察の実情に応じた資金源対策を一層推進するとともに、排除活動に取り組んでいる行政機関や企業等の関係者が不安を抱くことなく毅然と対応することができるよう、関係機関等との連携、きめ細かな相談対応及び保護対策の充実を図られたい。
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その2は、ち密かつ適正な捜査の推進についてである。捜査は、個人の基本的人権を尊重しつつ事案の真相解明を目指すものであり、最近相次いだ無罪判決等で指摘された捜査上の問題点は、警察全体として真摯しに受け止めなければならない。捜査幹部には、任意捜査の段階を含め被疑者の取調べ状況を十分に把握してその適正を確保するとともに、客観的証拠の収集の徹底、供述の信用性の十分な吟味等により事件の全容を見極め、真相解明に当たることが求められている。
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各位には、一連の事件から得られた教訓を踏まえ、捜査幹部はもとより全捜査員に対し所要の指導が確実に行われるよう措置することにより、ち密かつ適正な捜査を徹底されたい。また、捜査情報や証拠品の管理の徹底 についての指導強化にも努められたい。
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その3は、重要犯罪等に対する捜査の強化についてである。犯罪情勢が依然として厳しい状況にある中で、刑法犯の検挙件数及び検挙人員が平成17年以降減少しており、特に、都道府県警察によっては、侵入強盗、強姦、侵入窃盗等の重要犯罪等の検挙実績が低調な状況にある。
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各位には、犯罪の認知・検挙状況についてきめ細かく分析し、その結果を踏まえ、警察署に対し、重要犯罪等に捜査力を振り向けるよう指導するとともに、軽微な事件における書類作成等の合理化にも配意されたい。また、 被害が深刻化している振り込め詐欺・恐喝に対しても、防圧・検挙を徹底されたい。
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さらに、犯罪の広域化・巧妙化の進展等、捜査を取り巻く環境の悪化に的確に対処していくためには、DNA型鑑定や自動車ナンバー自動読取システムといった科学技術を活用した捜査活動基盤の充実が不可欠である。各位には、必要な鑑定要員及び施設・システムの計画的な整備とともに、手口資料を始め捜査に必要なデータベースの充実に努められたい。
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その4は、街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策の更なる推進と、子どもを犯罪被害から守り、少年非行を防止するための対策の強化についてである。街頭犯罪・侵入犯罪抑止総合対策は、本年で5年目であり、全体としては刑法犯認知件数が引き続き減少するなど効果を上げているが、刑法犯認知件数が前年同期に比べて増加に転じる県が現れており、また個々の犯罪類型には、いまだ高い水準にあるものや本年に入って増加傾向に転じた ものもある。
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各位には、犯罪情勢を的確に分析し、その特徴に合った対処を行うとともに、関係機関・団体や地域住民と連携した防犯体制作りに役立つ情報を積極的に提供することにより、犯罪抑止のための社会システムの構築と定着化を図られたい。また、「子ども安全・安心加速化プラン」等に基づく取組みの検証を行い、教育委員会、学校等や地域住民との緊密な連携を強化するなど、子どもの安全確保対策や非行防止対策を一層強化されたい。
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さらに、犯罪対策と魅力あるまちづくりを目指した官民協働による「繁華街・歓楽街総合対策」は平成17年9月からおおむね3年を目途に成果を出すこととしており、現在はその正念場を迎えていることから、客引きや違法駐車等の迷惑行為に対する集中的・継続的な取組みを推進するなど、繁華街・歓楽街の再生に向けて目に見える成果を上げられたい。
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その5は、交通事故防止対策の推進についてである。昨年の交通事故死者数は51年ぶりに6千人台前半となり、発生件数及び負傷者数も2年連続で減少し、本年もこれまでのところ、死者数、発生件数及び負傷者数が前年同期に比べ減少している。
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しかしながら、依然として交通事故により多くの尊い命が失われ、また社会問題となっている飲酒運転による事故も後を絶たず、高齢運転者対策や自転車の交通秩序の整序化も含め、なお一層の交通安全対策が必要である。
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警察庁では、交通事故死者数を平成15年から10年間で5千人以下にするとの政府目標を達成するため、悪質・危険運転者対策、高齢運転者対策、自転車利用者対策、被害軽減対策等を内容とする道路交通法改正案を今国会に提出している。
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各位には、今次改正案に盛り込まれた事項に重点を置いた街頭活動や関係機関・団体と連携した諸対策を展開し、交通事故の更なる抑止について顕著な成果を上げられたい。
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第2は、主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)の開催に向けた警備諸対策の推進と北朝鮮問題への的確な対応についてである。来年の主要国首脳会議は、7月上旬に北海道洞爺湖町において開催されることが内定し、また全国各地における各閣僚会議の開催場所も明らかとなったところであり、平成12年の九州・沖縄サミット同様、全国警察の総力を挙げて警備に臨む必要がある。
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特に、17年の英国・グレンイーグルズサミット開催時には、開催地から遠く離れた首都ロンドンでテロが敢行されており、開催地以外の地域においても必要な警備対策を推進する必要があります。また近年の状況からは反グローバリズム運動が大規模な暴動に発展する可能性も否定できないところであり、さらには極左暴力集団、右翼等国内諸勢力の動向も予断を許さない状況にある。
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各位には、テロ関連情報の収集・分析、国内諸勢力の動向把握、重要施設や公共交通機関に対する警戒警備等、テロ等の未然防止に向けた取組みを徹底するとともに、実践的な訓練を反復して対処態勢の強化を図るなど、開催国としての治安責任を全うするための諸対策に万全を期されたい。
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北朝鮮による拉致容疑事案については、本年4月、幼い姉弟を工作船により北朝鮮に連れ出した事案を新たに拉致容疑事案と判断するとともに、その主犯について国際手配を行うなど、捜査に着実な前進がみられる。引き続き拉致容疑事案の全容解明に向けて、最大限の努力をもって所要の捜査・調査を推進されたい。
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また、我が国では北朝鮮に対する厳格な措置を継続しており、こうした中で活発な各種対日有害活動が展開されることが懸念されることから、引き続き北朝鮮等の動向に関する情報収集を強化し、違法事案を認知した場合には、躊躇することなく厳正に対処されたい。
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第3は、精強な第一線警察の構築についてである。依然として厳しい治安情勢に的確に対処するため、平成17年度からの3ヶ年での地方警察官1万人増員構想に基づき、最終年度である19年度は3千人の増員を行った。各位には、国・地方共に極めて厳しい財政状況下で、政府を挙げて公務員の純減に取り組んでいる中で、13年度以降連続して合計2万4千人を超える増員が認められたことの重みを十分認識し、治安情勢に即した効果的な人員の配置・運用により、増員の効果を目に見える形で国民に示されたい。
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また、本年春までに解消することを目標に取り組んできた「空き交番」については、目標を達成した今後も交番及び勤務員の配置、交番相談員の活用等の推進状況を随時確認するとともに、地域警察官による街頭活動を一層強化し、国民がその成果を実感できるよう指導を徹底されたい。
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さらに、各都道府県警察では、「地域警察を中心とした精強な第一線警察構築のための総合プラン」に基づく取組みを精力的に進めているところと承知しているが、各位には強いリーダーシップを発揮して、施策の実施状況や効果について検証や見直しを絶えず行って推進力を更に高めるとともに、警察活動に必要な予算を確保し、装備資機材や教養訓練の充実に努めるなどして、犯罪に毅然と立ち向かう強靱な執行力と高い士気を備えた精強な第一線警察を構築されたい。
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第4は、警察改革の持続的断行についてである。警察改革の柱の一つである自浄機能の強化については、全国警察が一丸となって厳正な監察を始めとする諸対策に取り組んでいるにもかかわらず、昨年中の懲戒処分者数は361人と前年に比べ20人増加したほか、飲酒運転、情報流出等国民の信頼を大きく揺るがす非違事案が今なお発生し、さらに、大阪府警察の警察官が談合の疑いで大阪地方検察庁に逮捕されたことは誠に遺憾である。
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非違事案の未然防止は警察改革の中核であり、その顕著な減少という具体的結果を出さない限り、警察に対する国民の信頼回復はあり得ない。各位には、業務管理と身上把握・指導の徹底、職務倫理教養の充実と深化を 図るほか、職員の資質の向上や士気の高揚、第一線の業務負担の軽減等の施策も含めた総合的な取組みを推進するとともに、その効果を点検・検証して不断の見直しを図られたい。
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また、施策の実効性を確保するためには、各都道府県警察の実情を踏まえて創意工夫を凝らすことはもとより、所属長等の幹部が危機意識と熱意をもって非違事案の防止に全力で取り組むことが不可欠であるということを銘記し、所属長等がその職責を十全に果たすよう、強いリーダーシップを発揮されたい。
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さらに、適正な会計経理の保持については、警察の会計経理には依然厳しい目が向けられていることを各級幹部に再認識させ、監査結果や各都道府県警察において推進中の取組みの効果を十分に把握した上で、引き続き適正な予算執行の重要性と手続についてきめ細かく指導されたい。
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警察改革を持続的に断行し、警察に対する国民の信頼を確保するため、たゆみなく一層の努力を払うことは、警察に課せられている責務である。各位には、国家公安委員会と警察庁が取りまとめた警察改革の持続的断行のための指針に基づき、その推進状況について不断に点検を行うとともに、所属長等の幹部を始めとする職員一人一人に改革の意義、内容等について改めて理解を浸透させられたい。
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第5は、第21回参議院議員通常選挙の違反取締りについてである。本年夏に行われる第21回参議院議員通常選挙においては、与野党が過半数の議席獲得を目指して激しい選挙戦を展開することが予想される。選挙が公正に行われ、国民の意思が正しく政治に反映されることは、民主主義の根幹を成すものであり、国民もまたその実現を望んでいる。警察としては、不偏不党、厳正公平な立場を堅持し、選挙の公正を害する悪質な違反の徹底した取締りを行い、選挙の公正の確保と政治的不正の剔抉を求める国民の期待にこたえる必要がある一方で、鹿児島県議会議員選挙における公職選挙法違反事件の無罪判決等で指摘された捜査上の問題点については、これを真摯に受け止め、ち密かつ適正な捜査の徹底に努めなければならない。
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最後に、愛知県長久手町で発生した人質立てこもり事件において、前途有望なSATの隊員が殉職したことは、断腸の思いであり、改めて哀悼の意を表する。今回の事件については、現在、詳細な検証が行われている ところであるが、やむを得ない様々な要因があったとはいえ、結果として、殉職に加え、重傷を負った警察官を長時間救出できなかったことにより、警察の対処能力に対して国民に疑問を抱かせるに至ったことを、警察全体として、重く受け止める必要がある。
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各位には、この種事案への対処いかんにより警察として鼎の軽重が問われるということに思いを致し、また、この種事案のかなえ対処に当たる特殊犯捜査係、SAT等の任務の性格と意義を改めて認識し、部隊の指揮・運用、装備資機材の整備、指導教養の実施等について、自らの責任においてその現状を確認した上で、関係部門間相互に連携した訓練を実施するなどして、対処能力の向上と殉職・受傷事故防止対策の徹底を図られたい。
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以上、所信の一端を述べましたが、このほかにも、6月1日に施行された刑事収容施設法の適切な運用を始め、犯罪被害者対策、国際協力、児童虐待への対応、人身取引やヤミ金融事犯の取締り、サイバー犯罪・サイバーテロ対策、来日外国人犯罪対策等、警察を取り巻く課題は山積している。
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また、来年法務省と共催するG8司法内務閣僚会合は、我が国がイニシアティブを発揮して各国が連携して実施する施策を決定し、今後の我が国の治安対策にも反映させていくという観点から非常に重要であり、これに向けた取組みを強化することとしている。各位には、部下職員の先頭に立ち、「治安と信頼の回復」に向けて一層奮闘されることを祈念したい。
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